お侍様 小劇場 extra

    “みそかの宿” 〜寵猫抄より
 


不景気だと言われつつも、
年の瀬やお正月の過ごしようは、
そうそう変わりようがないと言いますか。
海外旅行を諦めた“巣籠もり”世帯が増えてのことか、
各地の有名な市場や、
産地直売を謳って新鮮野菜がお安いスーパーなどなどは、
ともすりゃ例年以上に混んでおりますとレポートされ。
お蕎麦屋さんには、
大みそかの習慣である“年越蕎麦”を食べに来たお客が行列を作り。

 「おうおう、今年は遅かったの。」

例年だったなら、こうまで押し詰まらぬ頃合いには着いていたものが、
何へどう忙しかったものなやら、
年末も年末、大みそか当日というぎりぎりにやって来た旧知の友へ。
なればこそ そちらも、
接客と年越しのしきたりや何やでお忙しい当日のはずが。
余裕で駐車場までのお出迎えをこなして下さった、
某有名温泉地の老舗割烹旅亭の主人、
小早川頼母氏が、少々いかついお顔を豪快な笑みにてほころばし。
そんな彼を前にして、

 「今年も世話になるぞ。」
 「お世話になります。」

どこの引退ミュージシャンか、それとも現代アートのカリスマか。
クセの伸びたよな深色の蓬髪を、
濃色のコートをまとった広い背中へまで垂らした壮年殿と。
こちらは打って変わっての淡色な印象も嫋やかな、
つややかな金の髪をうなじに束ね、
色白な頬に映える薄紫のダウンコートをふわりとまとった美丈夫が、

 「にぃあん♪」

その懐ろに小さな小さな仔猫を抱いてのご挨拶。
ちょっぴりとお耳が大きめな、ふうわりとした毛並みの仔猫は、
確か昨年も同じような幼さではなかったか…と思う間もなくのあっと言う間に、

 「おお、ネコ坊も来たか来たか。」

去年も来ていた存在とだけの把握に塗り変わり、
一丁前に服なんぞ着て寒いのか?
相変わらずに愛
(う)い子だのうと、
頼母氏自身の拳より小さいかもしれない存在へ、
ちょっぴりと無精髭の残るお顔を近づければ、

 「うな?」

人見知りするかと思われたおチビさん。
七郎次の懐ろでその身をひょいと延ばして立ちあがると、
小さなお手々をちょいと延ばし、
近寄って来たおじさまのお顔へ、
トントンというソフトタッチで触れてのご挨拶をしたものだから、

 「おおお、もしやして儂を覚えておったかな?」

愛らしい存在に ちょんちょんとつつかれ、
間際でにぁあんと鳴かれたおじさま。
嬉しそうに相好崩し、これは歓待だろうよなと、
飼い主である青年へと確かめるように視線を向けて来たのへと、

 「ええ、きっとそうですよvv」

これでこの子は人への好き嫌いが激しくて、
編集のお兄さんがたの中には、
いまだに懐かず、顔を見れば逃げ出す相手もおりますからねと。
こちらもこちらで、
久蔵がやんちゃをしでかさなくてよかったとの安堵もあってか、
格別の笑顔でそんなお言いようを返す七郎次であり。

 「……。」

そんな二人の傍らで、対照的なほど微妙に口数が減った勘兵衛だったのは、

 『儂がああまで顔を近づけると、
  爪つきの猫パンチが飛んでくるのに。』

この差別はどうしたことかと、
そうと感じての不機嫌さが ちらりなさったらしい大人げのなさよ。
そしてそして、

 『勘兵衛様がお相手の時だって、
  大半は“好き好き好き”の頬ずりを返す久蔵じゃあないですか。』

爪を出すのは不意打ちをなさったときにだけ。
だって言うのに、そのようなお言いようとは久蔵が可哀想ですと、
それこそ嫉妬満々の気概をはらんだ七郎次から、
そんな風に詰られ、返り討ちをされてしまうのもいつものことで。

  ホント、なぁんて可愛らしい大人たちでしょうねぇ、
  いつものことながら。
(苦笑)




     ◇◇◇



今年もまた、年越しの慌ただしさや、
はたまた…皆様が郷里へお帰りになってしまって、
裳抜けの殻となった街角の、閑居な空気から逃れるように。
知人である頼母氏の営む温泉宿まで運んでおいでの、島田せんせいご一行。
ちょっとしたファーのマフや、
婦人用の手套を丸めたそれみたいにも見えなくはないほどの、
小さな小さな仔猫さんは、
今年の人気種にめきめきとランクアップしたメインクーン。
ぽあぽあとしたエアリーな毛並みをし、
殊に胸元にふっくらとたくわえた純白の部分は、
まるでアスコットタイを花結びにしたかのような華やかさ。
小さな小さな体に見合った、糸のようにか細く可憐な泣き声で、
にあ・みぃあとの自己主張をなさったならば、
どんなに恐持ての人物だって、
ついついお顔がほころんでしまうような愛らしさ。
潤みの強い双眸で、うるるんと見上げられ、
そのまま かっくりこと小首を傾げれば、

 「お土産屋さんのジョン・ウエンリーさんに、
  またまたお顔を舐められて来ましたよ。」
 「…あのレトリバー、そんな大層な名前だったのか。」

年に1度しか会わぬわんこにまで、
お久し振り〜と可愛がられている愛らしさだが。
そんな挨拶とも知らず、
背中を逆立て、ぴゃっと七郎次の腕を駆け登った仔猫さんはというと、

 「にゃあ、みゅ〜。」

周囲に居合わせたギャラリーから、
“可愛いわねぇvv”とうっとり声で愛でられたのにも気づかぬまんま。
あのおじちゃん、ちらいっ、
こっち向いてよって、
お手々ちょんちょんしてゆときは、
知らん顔してゆクセに〜〜っと、
不意打ち喰らった悔しさへ、桜色のお口をややひん曲げており。

 「御機嫌斜めなようだの。」
 「そうですね。でも…。」

怖い怖いと震えているのじゃあなく、
どうしてくれようかという種の、
そんなお顔になっているのが見えるからこそ。
良いようにからかわれた坊やらしいと察することが出来るのが、
こちらのお二方にのみ与えられてる、言わば特権のようなもの。
七郎次お手製の、緋色と薄紫の市松模様も愛らしい、
ニットジャケットその身にまとった幼い仔猫…と。
他所のお方にはそうとしか見えぬ彼だけど、
実は実は…のホントはね?

 「にゃあみゃ?」
 「んん? いかがした?」

仔猫であるなら、
小さな全身でぴょこたんと跳ねるような駆けようの筈が。
歩み寄られた勘兵衛には、
ほてほてほてという、足踏みのような覚束ない歩きようにしか見えはしない。
紅葉のような小さなお手々が“ちゅかまえて”と伸ばされたのを、
ど〜らと迎え、脇へと手を添え、
ひょいと抱き上げる様子は、まんま幼子を抱える手際。
相変わらずに、この二人には小さな人の子に見えているおチビさんであり、
ふくふくとした頬を
くしゅくしゅと勘兵衛の頼もしい懐ろへ擦りつけて甘える仕草なぞ、

 「〜〜〜〜〜〜っ。/////////」
 「七郎次、誰もおらぬのだから、こらえる必要はなかろうに。」

きゃあああvvとか 可愛いぃいっとか、
いい年した自分が女子高生のように弾けるのは、
さすがにみっともないとでも思うのか。
それでのこと、
口許に拳あてがい何とかこらえる、
例の“惚れてまうやろ”もまだまだ健在。
…もう年も変わりますのにねぇ。
(おいおい)
此処に来るといつも訪れているところを、
七郎次がご挨拶も兼ねて回ったのへ、
昨年同様、今年も付き合った久蔵だったのではあるが、

 「どうした?」

ふんすんと小さなお鼻をしきりと勘兵衛の懐へと擦りつける彼なので、
拗ねていたお顔へ、ついつい愛らしいことと微笑ってしまったが、
実はわんこが怖かった彼なのかしらと思い直した勘兵衛。
眼下に見下ろした金の綿毛を、
持ち重りのしそうな頼もしい大きな手で撫でてやれば、

 「みゅうぅ。」
 「…あ、勘兵衛様、揚げ餅 全部食べてしまわれたのですか?」

こちらもまた、どうしたのだろとコートを脱いでから寄って来た七郎次。
落ち着いた和室の窓辺に置かれた文机の傍ら、
これも黒塗りのシックなくず箱に、
見覚えのある紙の小箱を見つけて気がついたらしく。
夜の湖の水表
(みなも)を思わす、黒塗りの角卓の表面に、
その顔映すほどの傍らへ寄り、
なめらかな身ごなしで腰を下ろした女房殿へ、

 「ああいや、儂ではなく頼母がな。」

目許をたわめた勘兵衛が、
思い出し笑いか何とも言えぬ苦笑をして見せた。
というのが、
二人が外出していた間、これもやはり例年のことで、
付き合いの長い壮年同士が、他愛のない近況報告なぞしていた折のこと。
車での長い旅程の途中のお弁当代わりにと、
おむすびの他に、先日久蔵がさるお人たちからいただいて来た餅を、
大きめの拍子木に切って揚げたもの、おやつとして持って来ていたのだが。

 「残っていたもの、折り箱のまま出しておったのを見つけおってな。」

これは珍しいものをと1つ食べたところが、
美味い美味いと評してのあっと言う間に、
4つ5つ残っていたのを平らげおって。

 「あらまあ。」

いえね、久蔵ってば、
ギサクさんのところのお饅頭を食べたら、
お餅のことも思い出したようで。

 「にゃあ。」

自分の頭へ両手で作った小さな拳を乗っけるのは、
カンナ村のキュウゾウお兄ちゃんを指すジェスチャーであり。
お兄ちゃんにもらったお餅と、何度もして見せたので、

 「持って来ていたの、
  戻って食べたいという意味だったらしいのですが。」

だってのに、目的の揚げ餅はもう無いとあって。

 「おお、済まぬな。」
 「うみゅ〜〜。」

口許とがらせた久蔵へ、
済まぬ済まぬと勘兵衛が眉を下げてしきりと謝るのもまた。

 “うあ〜〜。//////”

大の大人が…というだけじゃあない可愛らしいもの、
感じられての口許がほころんでしまう七郎次だったりし。
とはいえ、

 「あの口の肥えた頼母が、これは美味いと絶賛のし通しでの。」

幻の米を作っている知人にもらった、特別の餅だと言っておいたが。
勘兵衛様、そんな中途半端なお言いようは…と。
時折妙な出まかせ並べる困った癖が、こたびも出たらしい御主へ、
反省してませんて、それ…と、窘めるよな声を出した秘書殿だったので。

 「にゃあみゅ。」

久蔵もまた、その尻馬に乗ったものか、
上目使いになっての“メェでしょ?”というお顔をしたりして。

 「〜〜〜〜〜〜〜。/////////」
 「七郎次。
  不自然な笑いようを続けると、
  心からの笑顔が出来んようになるらしいぞ。」

  それと、そのように一か所だけを掴まれると、
  せっかく編んでもろうたカーディガンが伸びてしまう。
  あっ、何でこれ持って来たんですよっ。//////
  儂のこの冬の一張羅だからだ。
  ううう…。//////

相変わらずなのはお互い様な、
ほんわかと可愛らしいご一家でございまし。
この1年もいろいろとありましたが、
困ったことより嬉しかったことのほうを、
たくさん思い出せるくらいだからして、
皆して幸せに過ごせた上で、今日の年の瀬を迎えたことにもなろう。

 「ほらほら久蔵、機嫌直して。」

お餅ならまだまだたくさんお家にあったでしょ?と。
気を取り直しがてら、小さな坊やの まだちょっと膨らんでる頬、
白い指先でつついてあやす恋女房へ。
ああ、なんてまろやかなお顔をすることかと、
こちらはこちらで、威容あふれる大人のお顔のすぐ下で、
そんな彼への甘やかな感情が沸いてやまない勘兵衛せんせい。
こんな愛らしいお顔、こうまで間近に見せられてしまったからには。
今宵は もしかしてこの坊やを…いやさ仔猫さんを、
女将に預けることになるやも知れぬと。
良からぬことをつい思ってしまった不埒さも、

 「? 勘兵衛様?」

どうかしましたかと、
こちらへ上げられた青玻璃の双眸に見つめられては、
いやなに ごほごほと顎鬚隠すよに口許へ拳あて、
咳払いの真似なぞ繰り出させ、雲散霧消する他愛のなさよ。
こんな微妙なご一家ですが、
よろしかったら来年もまた、お付き合いくださいませね?




  皆様、どうか よいお年をvv


   〜Fine〜  09.12.31.


  *突貫ものです、すいません。
   ついさっきまで夕飯の後も煮物と取り組んでたレンジ回りを洗ってました。
   指先がスチールたわしのせいでボロボロです。
(とっほっほ)
   シチさんがカミングアウトしたのは、春のお話だったので、
   古女房だけど、まだまだ新婚です、こちら様。
   (あ、あっちの島田さんチも同じか・笑)
   その辺の変化を書くつもりが、
   揚げ餅の話ばかりになっちって おかしいなと。
(う〜ん)
   カンナ村のお餅の話は、
藍羽様のところで書いてもらってます。
   御馳走になりましてありがとうございました。
   祠にも供えましたよ、猫キュウちゃんがvv

  *あ、そうそう。
   久蔵ちゃんが仔猫のままなのに皆さんが不審に思わないのは、
   例のヒョゴ兄がかけておいた暗示が、
   依然として坊やにまといついてるからで。
   そのヒョゴさんの方は方で、今年は雪乃さんと紅白観てたりしてね。

   「はい、お蕎麦ですよ? エビの天ぷらも食べる?」
   「〜〜〜。」

   去年はどっか行ってたでしょう、
   今年は除夜の鐘を聞きながら、
   一緒に坂の上の神社までお参りに行きましょね?

    ……こっちはこっちで1本書けそうですね。


  *あああ、キリがないぞ。
(笑)
   何はともあれ、よいお年を! そして、来年もどかよろしくです!
(苦笑)

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